Story of Shimokitayama

とある視点から見た村の角度。

 

鬼の末裔の住む 修験者を助ける郷

大自然に囲まれた奥深い峰にある村は修験道の聖地として古来より在りました。
役行者(えんのぎょうじゃ)が生駒の鬼取町で従えた前鬼(ぜんき)と後鬼(ごき)という2匹の鬼は人へと姿を変え、
5人の子供を残し、その末裔が今なお暮らし、修験者をたすける宿場のある、伝説が現代につづく郷。

「美しき日本奈良」制作:奈良県奥大和移住・交流推進室

森に学び、森で働いた

世界遺産の参詣道のひとつ”大峯奥駈道”が縦断する、険峻な山々が織り成す、畏怖とも言える大いなる自然は
古くより山岳信仰の対象とされ、自然の中で修行を積む場所としてありました。
95%が森林に抱かれたこの村、その半分ほどは人工林。
かつては新宮へ通じる北山川の筏(いかだ)をつかった林業を産業としていました。
時代の変遷とともに林業も後退してゆきました。

雨がもたらした、新しい村の歩み

村のもう一つの聖地でもある明神池には、”雨”にまつわる雨乞いや水神(白竜)の伝説が多く残されています。
全国的に見ても多雨地域であるこの場所は1964年には池原ダムという110mのアーチ型ダムが
日本の高度成長の礎の一つとして建設され、村はまた違う歩みをはじめました。
揚水型のダムにより、ダムの下には大きな平地が生まれ、スポーツ公園として、
サッカーグラウンドやキャンプ場、温泉が整備され、またダムによって形成された湖は
日本屈指のバスフィッシングの場所となり、アクティビティを楽しむ人達をおもてなしする産業が生まれました。

森と雨とをもう一度見つめ直す

時代の価値観が移ろい、かつては3000人いた人口は50年の間に950人に。
自然と歴史と共に暮らし、多くの人たちと関わって来た歩みの上に、村は少しずつ、
あたらしい在り方を見つめはじめています。
ここに住む人たちや、この場所を魅力に感じて移り住んだり、関わる人たちが、
ここにある価値を再発見しています。
自伐型林業、木工職人、バスフィッシングボート、ここだけでしか育たない下北春まなの振興など、
それぞれに、森と雨の恵みと共にいきる、あたらしい挑戦がはじまっています。

子供たちを育んだ場所は「BIYORI」に

元々は子供を育む保育所だったこの施設は、山村留学(※)の施設となりその後、
時代の流れとともに村に訪れる子供たちの数は年々少なくなり、遊休施設となり少しお休みをしていた場所。
ここを森と雨、そして鬼の末裔の郷として村の在り方を創り出す場所として、あたらしい役目が生まれます。

※山村留学とは、自然豊かな農山漁村に、小中学生が一年間単位で移り住み、地元小中学校に通いながら、様々な体験を積む